ダイオウイカ屏風

《ダイオウイカ屏風》(2020) 「Street Museum」東京ミッドタウン
キャンバス、木枠、ジェッソ、ダイオウイカイカ墨、イカ墨、イカ甲、イカ水晶体、アラビアガム

ダイオウイカの解剖を見学した. 深海に生息して生きた姿を目撃されることはほとんど無い謎に包まれた巨大な生物.ダイオウイカは私にとって超常現象のようで畏怖さえ感じる存在だった.実物のダイオウイカに出会いに行くことは決意が必要だった.漂着して冷凍庫保存されていたダイオウイカ. 未成熟の雌だった.身体を開かれ巨大な眼球を現し臓器を一つ一つ取り出されたダイオウイカから溢れ出る雌の生殖の器官をみたとき、ダイオウイカも生命を生み出すひとつの存在だったのだと強く衝撃を受けた.ほんとうにこの世に実存して地球の生を繋いでいるダイオウイカ.未知の深海で生きてきたダイオウイカ.ここまで成長して人間の前で解剖され全てを晒してくれたこのダイオウイカはとても親切.アンモニアの臭気と表皮の弱さと身の白さと腕の水っぽさと吸盤の角質環の硬さと大きな歯舌の確かさと顎板の鋭さと胃袋食道の丈夫さ肝臓の濃さと眼球の脆さイカ墨袋の美しさ.全てが神々しく感じる.身を試食すると噛めば噛むほど飲み込むことがつらくなる感触だった.神秘のダイオウイカを食してしまったら自分は死ぬことができない体になってしまう気がする.イカは海の水中にいて私たちは陸の空中にいてイカは空中では生きられないし私たちは水中では生きられない.海と陸のその境目である海岸に漂着していたダイオウイカ.死は生の中にあって死んだら物質にもどり大きな生の中にかえって次の命になると受信した.ダイオウイカを生と死の絵にしなければならない.手に入れた実物のダイオウイカのイカ墨でダイオウイカを描く.口にしてみたイカ墨は強い深海の味がした.水で溶くと粒子が細かく緑がかった繊細な色になった.イカそのものでイカを描く. ダイオウイカの実存感.全ての創造は地球の一部から生まれる.地球の命であったことを思い出す.私がダイオウイカに感じていた恐ろしさの正体は、生命に対する畏敬の念だったとわかった.目に見えるものだけしか信じられないと生きていることを感じる力が弱くなる.ほんとうの死を感じて見ることができないとほんとうの生を生きられない.生きている自身に気づかないと生きていけない.地球の全ての生死はつながっている.生に気づくことで世界を大切にできる.生みだされた生命を大切にできる.わたしたちの生の中からいかにして何かを取り出せるか. この地球に生きているのは人間だけでは無いから.全てと共存しいかなる時も生きることをいかす.


ダイオウイカ屏風は両面に生きたダイオウイカとダイオウイカの解剖図を描きました。実寸よりひとまわり小さいサイズです。展示のスペースより画面を大きくするために屏風にしました。解剖図の面は実物のダイオウイカのイカ墨で描きました。ダイオウイカ墨を水で溶きその濃淡だけで描きました。描画中には微かな匂いがありましたが画面が乾くと消えました。生きたダイオウイカの面はイカ甲の絵具で身体を描きました。解剖図に使用したイカ墨の残りが眼の部分を描ける量だけありました。生きたダイオウイカの金属光沢のような煌めきを表現するために身体全体に加工したイカの水晶体を付けました。モデルにしたダイオウイカは触腕が欠損していたため解剖図の面に普通のイカ墨で想像の触腕を描き足しました。普通のイカ墨の黒さと見比べるとダイオウイカのイカ墨は緑がかった繊細な色だとわかります。生きたダイオウイカの面の触腕から解剖図の面の触腕がつながっていて身体に対する触腕の長さの比率を表現しています。
映像や写真の生きたダイオウイカの眼を目にすることが私にはどうしても恐ろしく、資料を見ずに制作し人間のような眼差しのダイオウイカになりました。いつか生きたダイオウイカの眼を実際に生でみることができたら描けるのかもしれません。

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